TAKAHIROの宗教観 人は宗教で幸せになれるのか

TAKAHIROの宗教観 人は宗教で幸せになれるのか

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皆さんこんばんは。
今回はタイトル通り、
宗教について考えてみたいと思います。

 

 

TAKAHIROの宗教観

 

まず、私は宗教について
基本的には何の偏見も持っていません。
興味もありません。

 

この年になると当然周りには
様々な考え方を持った人が集まってきます。

 

中には熱心な宗教家の方もいます。

 

もちろんカルト教団なんてものは論外ですが、
それ以外の平和的な宗教なら
友人や家族がやっていても特に気にしません。

 

ですが私自身の中では
神様や仏様の存在を信じていません。
そういう意味では私は完全に無神論者です。

 

じゃあだからといって、そういったものを
馬鹿にするとかそんな考えはありません。

 

信じていないとはいえ、
年末年始にはお参り行きます。

人形や位牌といったものを廃棄するときは
ちゃんとお炊き上げしてもらいます。

 

本当に無神論者なら
位牌なんてただの木札です。
燃えるゴミの日に出せばいいのです。

 

でもそんなことしません。
私には私の宗教観というものがあるからです。

 

私は神様や仏様を信じていませんが、
信じている人々の心の中には
絶対に居ると思っています。

 

信じている人の中に神様や仏様がいて、
そのことでその人が幸せになれるのなら
神様も仏様も間違いなく存在するのでしょう。

 

つまり私は神様や仏様の存在を信じています。

 

…話が矛盾しているようですが
私の中ではちゃんと辻褄が合っています。

 

私自身が信じていないとしても、
他の人の中に確実に存在するものを
馬鹿にすることはできません。

 

他の人の中に存在するものを
私が確認することはできません。

つまりいないと言い切れないのです。

 

否定したり馬鹿にする
理由にはならないということです。

 

話が戻りますが、
私自身は宗教に意義を見いだせないですし、
時間の無駄だと思っているので
勧誘されてもお受けしません。

 

熱心にやっている人を馬鹿にしたり
否定する気はありませんが、
私自身は宗教なんてものは
くだらないと思っています。

そんなくだらないものに
時間を割くことはできません。

 

 

…いや、辻褄合ってますよ?

 

私にとって宗教は

  • 熱心にやっている他人にとっては
    人生を豊かにする非常に有意義な時間
  • 自分自身がやるには非常にくだらない、
    無意味どころか無駄な時間の浪費

というゆがんだ宗教観をしています。

 

これでもうまく表現できていません。
うまくまとまったら書き直します。

 

 

宗教活動によって幸せそうな人々

 

私自身は上で書いたように
完全無神論者ですが、なぜか宗教に
勧誘される確率は非常に高いです。

 

いままで勧誘を受けた所で言えば
・〇〇〇の〇〇
・〇〇〇〇教
・〇〇〇会
・〇〇教
・よくわからん怪しい宗教×3か所

 

とまあ、とにかく
色々なところから声がかかる。

 

多分、宗教にはまりそうな
顔をしているからかもしれません。

ああいう人たちって顔を見て
勧誘するかどうか判断しているらしいので。

 

 

一応話を一通り聞くんですが、
どの宗教家も私の宗教観を
打ち破るほど
有意義な話をしてくれません。

 

話の内容はとっかかりが違うだけで
結局はみんなの話の行きつくところは同じです。

 

  • 神様や仏様の存在の有無
  • 世界の平和について
  • 来世の自分について

 

もううんざりです。

 

これらは信じていない私からしたら
便所の落書きみたいなものなので
右耳から入って
左耳から出ていくだけです。

 

今まで上記の方々がした話、
細かい所は何一つ覚えてません。

 

ただ、話の内容はともかく、
熱心に宗教を語っている人たちって
幸せそうですよね。

なんていうか、
自分が信じている物が
いかに素晴らしいか。

 

それを語る皆さんの顔は
間違いなく幸せそうです。

 

間違いなくその瞬間、
皆さんは本当に幸せなんだと思います。

 

それは見てわかります。

 

人が幸せになっている顔、
そんな顔を見るのは大好きなんです。

 

一つだけ濁った表情で暗い話ばかりしてる
聞いたこともないような
怪しい宗教のクソ(でも先生って呼ばれてた)
がいました。

あれは私の中で宗教家ですらなく
単なる病気です。

 

早めの受診をおすすめします。

 

 

一部の例外はあるものの、私が唯一
宗教に意義を見出すとしたら、
彼らのように美しい表情や気持ちで
神様、仏様を語れる幸せな時間を
得られるかもしれない、
という願望でしょうか。

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心や人生を豊かにする、それが宗教じゃないの?

 

ただ、宗教に対して
私を懐疑的にさせるのは、
宗教をやっていても
心が貧しい人が多いです。

 

あ、この書き方だと誤解を招きますね。

 

要するに宗教をやっていても

  • 怒りっぽい
  • 心が弱い
  • 他人に対して優しくできない

というつまり「普通の人」が多いんです。

 

私の周りもそんな感じです。

 

特別怒りっぽいとか
性格が悪いとかそんなんじゃないですよ?

 

いたって普通の人たちです。

 

もちろん宗教をやっているから
心も仏様のように広く持ちなさい、
なんていうつもりはありません。

 

だけど、少なくとも
宗教をしていない人よりは
心が強くあるべきじゃないでしょうか。

でなければ一体何のために
宗教をしているのですか?

 

 

もし、宗教が人生や心を豊かにする
目的でないとしたら宗教が一体
何のためにあるのか私にはわかりません。

 

少なくとも私の中では宗教は
「人生と心を豊かにする活動」
だと認識しています。

 

宗教というのはお金がかかります。

 

…こう言うと
「うちはお布施をもらっていない」
とか言い出す方がいます。

 

ですが、本来労働なり、
労働に備えて休息をとるべき時間に
宗教活動をしているということは
すなわちお金がかかっています。

 

お金をかけてまで
活動してるにもかかわらず、
人生を豊かにすることを
何一つ得られない。

 

 

これってなに?

 

これも誤解を招くかもしれませんが、
私、宗教って塾のようなものだと思うんです。

  • 入るのは自由
  • お金はかかる(金銭でなくとも)
  • 色々教えてくれる

でも、そこから何を学ぶかは
本人の気持ち次第だと思うんです。

 

塾に入りました。
お金も払ってます。
でも勉強は身についていません。

 

これって無駄じゃないですか?

 

単なる人生の浪費です。
だったらその時間を
家で九九を復唱する時間に
充てたほうが
はるかに人生の中で役立ちます。

 

 

宗教から何が得られるのか、
それが理解できない以上
私が宗教に興味を持つことはありません。

 

これから私を勧誘する宗教家の皆さん、

 

  • 神様の存在や仏様の存在は
    あなた様ごときに教えて
    いただかなくとも大丈夫です
  • 世界の幸せとか平和とか
    それは私ではなく
    大統領や総書記に言ってください。
  • 来世の話は来世の僕にしてください。
    もしくは前世の僕にもう少し
    ちゃんと言っといてほしかったです。

そんなお決まりの
安っぽいテンプレを話すより、
「あなたは自分の中の神様から何を得ましたか?」
を私に話してくださいませんか?

 

 

僕を幸せにしてください。

 

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