年々【言葉】が軽くなっている気がする

年々【言葉】が軽くなっている気がする

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私はライターだ。
稼ぎもそれほどよくないし、
ゴーストライターの仕事が多いので
ライターの中では底辺クラスかもしれない。

 

しかしそれでも生活できるだけの
お金を稼いでいるので、
一応「プロ」を名乗ってもいいはずだ。

 

そんなプロが
「言葉」について今回書いていく。

 

 

我々ライターとは「言葉」を扱う職業だ。

 

そして言葉と言うのは
自分の意思を相手に伝える手段だ。

 

「私は楽しい」
「私は怒っている」
「私は悲しい」

 

こういえば、あるいは書けば
私がどのような精神状態なのか
他人にわかってもらうことができる。

 

そんな非常に便利な「言葉」だが、
年々言葉の意味が
軽くなっていると感じる。

 

言葉が軽いと言えば
若者言葉の事かと
思われるかもしれない。

 

だが、私は若者言葉を
否定しているわけではない。

 

 

例えば昔でいえば
「チョベリグ」
「MK5」
(意味が分からない若者は
お母さんかお父さんに聞いてください)

 

最近でいえば
「マジ卍」
「エモい」

 

この2つは私のような
おっさんには意味が分からないが、
これはこれで新しい一つの文化だ。

 

 

だから私もできるだけ
積極的に使っていこうと思っている。

 

 

「今日の仕事もマジ卍でエモい」

 

 

…繰り返すが使ってみたところで
意味は分からない。

 

 

話が逸れた。

 

私が言いたいのは、
簡単に使われる
深刻なネガティブな言葉のことだ。

 

私の周りの人間はよく
「死にたい」
「トラウマで…」
「ストレス溜まってるわ~」
という言葉を非常によく使う。

 

これらの言葉と
言うのは本当にその使い方、
使いどころで
合っているのだろうか。

 

なんか非常に軽い使われ方を
しているようでならない。

 

 

まず「死にたい」

 

これに関しては使っている本人は
別に本当に死にたいわけじゃなく、
「辛いからどこかに逃げ出したい」
「つらいから話を聞いてほしい」
という「SOS」的な意味合いで
使っていることがほとんどだと思う。

 

 

実際、本当に死にたい人間は
何の言葉も出さず、
何の予備動作もなく死ぬ。

 

だが死にたい、と漏らす人は
たいてい死なない。

 

そもそも死んでいないから
言えるのであって。

 

大変申し訳ないが、
「まあ、ご勝手にどうぞ。」
「ただし人様に迷惑かけんなよ」
位の感想しか出てこない。

 

 

本当に死にたいんだったとしたら、
見捨てる形になってしまって申し訳ない。

 

だけど誰かに助けてほしいという
目的で使っているとしたら、
その単語のチョイスは絶対に

【間違っている】

と言わざるを得ない。

 

その単語を使えば使う程、
その人が発する
その言葉の意味が軽くなる。

 

 

次に「トラウマ」。
【大きな精神的ショックや恐怖によって起きる心の傷。精神的外傷】

なるほど。

非常に大きい精神的ショックや恐怖

ということは、
私が勝手に他人様の
精神的ショックの度合いを
決めてはいけないのかな、とも思う。

 

階段を踏み外して転んだことが
非常に大きな精神的ショックに
なる人もいるだろう。

 

彼女に振られたことが
非常に大きな精神的ショックに
なるものもいるだろう。

 

上司から怒られたことが
非常に大きな精神的ショック
になるものもいるだろう。

 

私の身の回りではこのように
非常に大きな精神的ショックによって
トラウマになった、という人たちがいる。

 

 

書いていて思ったのだが、
…そこまでメンタルの弱い生き物が
この先どうやって
生きていくつもりだ。

 

大変申し訳ないが、
この先そんなクソみたいな
精神的ショックをはるかに超える
非常に大きな精神的ショックに
遭遇するはずだ。

 

親が亡くなるかもしれない。

 

瀕死の重傷を負うかもしれない。

 

一歩間違えば殺されていたかも、と
いう目に遭うかもしれない。

 

そんな時、恋人に振られたとか、
上司に怒られた程度で
トラウマ抱えるような
ガラスメンタルだったら、
絶対心臓が爆裂四散するだろう。

 

彼らの言うトラウマは
「昔、ちょっと嫌なことがあった。」
「だからその事に向き合いたくない」
程度であることが多い。

 

うん、つまりわがままだ。

 

過去のトラウマを語るならせめて

〇母親が6回ほど変わる。
(本当の母親が判明するまでに13年)

 

〇実の母親に親権放棄されていた

 

〇父親の莫大な借金(債務整理不能)が
発覚して肩代わりさせられた

 

この程度の体験をしてから
初めてトラウマという単語を
使うかどうかを検討してほしい。

 

ちなみに誰とは言わないが、
当の本人は
のほほんと生きている。

トラウマは感じたことがない。

強いて言えば「借金」と
言う単語を聞いて
「ビクッ」とする程度だ。

 

 

最後はストレス。
「ストレスたまるわ~」

…本当に溜まってんのか?

 

ストレスたまっている人間を
見たことがあるが、
そういう人は
目はうつろで全く口を開かない。

 

「ストレス溜まるわ~」
なんて言葉ではなく、むしろ
「大丈夫…大丈夫」
と言う。

 

全然大丈夫じゃない。

 

そんな誰が見ても
「あいつヤバイ…」
となっている人間こそが
本当にストレスの溜まっている人間だ。

 

 

たぶん「ストレスたまるわ~」と
言っている彼の言うストレスを
直訳するとこうだ。

 

「疲れた~仕事たるい」

 

…なあ、ゆっくり休め。

 

時計が一回り半するくらい
ゆっくり休んで、起きたときに
「あれ、今何時よ?」
って一瞬現状が
把握できなくなるくらい休め。

 

そしたら君の言っているストレスとやらは
ストレスでもなんでもなく、単なる
「肉体疲労」
だと気づくはずだ。

 

リポD飲んでも治るくらいだ。

 

長くなったが、このように、
ストレスとか、トラウマとか、PTSDとか
専門的な言葉が一般化しすぎて
年々意味が軽くなっている、と
言うことに危機感を覚える。

 

 

要するにこれらの言葉の意味するところは
「かまってちゃん」なのだ。

 

「私、こんなつらいんです」

 

を必死にアピールしているに過ぎない。

 

どいつもこいつも死にたいだの
ストレスだのトラウマなどといった
深刻な言葉を簡単に使いすぎる。

 

言葉と言うのは使う頻度が
高くなればなるほど意味は軽くなる。

 

だが、ここで問題なのは
ストレスもトラウマも
現時点では気軽に使うには
やや深刻なレベルの
「言葉の強さ」を持つ言葉だ。

 

そういった「言葉の強さ」を持つ
単語を繰り返し口に
しているとどうなるか。

 

そいつが発する単語の意味自体は
軽くなっていくのだが、
本人の意識は
そっちに引っ張られるのだ。

 

「死にたい」
と口にしている人は

【本当に死にたくなる】

 

「トラウマが~」
と口にしている人は
過去の大したことない記憶が
どんどん悪い方に改ざんされて

【本当にトラウマになる】

 

「ストレスが…」
これなんかもう口に出しているだけで
本当にストレスが溜まってくる気がするし、
口に出して発散されるものでもない。

 

たとえ気軽に使えるようになった言葉でも
使っているうちに
本来の意味に心が引っ張られる。

 

古来より言われている
【言霊が宿る】とはこういった現象を
指すのではないだろうか。

 

「死にたい」
「トラウマ」
「ストレス」

 

このような単語をよく使う人は
注意してほしい。

 

こんなネガティブな単語を頻繁に使う人を
周りは絶対に助けたいとは思わないだろうし、
口にしたところで状況は好転しない。

 

しかも最初は周りにも深刻に聞こえるが、
使っているうちに
どんどん意味が軽くなる。

 

やがてその人が発する
これらの単語は、意味を無くし、
他人にとって
何の意味も持たない言葉になるだろう。

 

こんなくだらない
「察してアピール」の
単語を使うくらいなら
いっそ「助けて!」
と言ってみてはどうだろうか。

 

 

「助けて!」
と言う単語にも
もちろん言霊は宿っている。

 

しかもネガティブでもなんでもなく、
むしろダイレクトに
他人の意識を動かす言葉だ。

 

きっと周りの人はあなたを
「助けて」くれるはずだ。

 

少なくとも私は
「死にたい…(チラッ)」

なんてやつよりは
「今、困ってるんだ、助けてほしい」
というやつこそ助けたいと思う。

 

さらに普段そんなことを
言わないやつこそより耳を傾ける。

 

「あいつがそんなこと言うなんて…」
「大変な事態だ」
きっとこう思うことだろう。

 

それこそが言葉の重み、と
言うやつではないだろうか。

 

意味の強い言葉であればあるほど、
使うたびに言葉の意味は軽くなる

 

深刻な言葉を使うのは
一生に一度か二度でいいと思う

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