今回紹介するのは、長野県青木村にある「五島慶太未来創造館」です。

この場所を取材してみようと思ったきっかけですが、何気なくテレビを見てたら、青木村に昭和の家電やアイテムを展示したレトロな施設があるとのこと。
( ゚Д゚)「これはおもしろそう!」
と、たどり着いてみれば、そこは五島慶太未来創造館。
…
( ゚Д゚)(あれ?)
昭和レトロがあるようには見えないぞ?と思ったんですが…
実は僕がテレビで見たのは、五島慶太未来創造館に併設された「青木村民俗資料館」で、この場所はもともと「五島慶太未来創造館」がメインだったんです。

事前にちゃんと調べて行けよ、と思うかもしれませんが、思い立ったらとりあえず即行ってみるのが僕の長所&短所です。
と、紆余曲折あったものの、五島慶太未来創造館にたどり着いてまず僕が思った事。
( ゚Д゚)(…五島…だれ?)
…
そんなわけで!
今回は五島慶太未来創造館と、併設されている青木村文化資料館・青木村民俗資料館を取材してきました。
3館の様子や、見どころなどを豊富な写真や動画とともに紹介していきます。
もちろんちゃんと昭和レトロ家電も見つけたよ!
というわけで、ぜひ読んでいってください。

「五島慶太未来創造館・青木村文化資料館・青木村民俗資料館を~」では長いので、「五島慶太未来創造館」で統一します。
五島慶太未来創造館とは?東急の礎を築いた偉業と青木村の歴史を辿る

五島慶太未来創造館は、巨大企業「東急グループ」の礎を築いた青木村出身の実業家、五島慶太の偉業を展示した施設です。
さらに、青木村の歴史と俳人・栗林一石路の資料を展示した「青木村歴史文化資料館」と、昭和のくらしをテーマにした展示品が並ぶ「青木村民俗資料館」も併設されています。
五島慶太未来創造館には、操縦できるNゲージ(鉄道のジオラマ)があったり、青木村民俗資料館には40代以降の人にぶっ刺さる懐かしい昭和レトロ家電が並んでいたり。
なかなか見ごたえのある展示内容となっています。
しかも入館料はなんと無料!

併設されている青木村歴史文化資料館・青木村民俗資料館も無料です。
五島慶太とは?凄腕の経営手腕と「強盗慶太」の物騒な異名を持つ東急グループ創始者

五島慶太未来創造館へ行くのであれば、五島慶太について知っておいたほうが良いと思います。
じゃないと、僕のように
( ゚Д゚)(…ダレ?)
となってしまうので。
ちょっと長いのですが、できる限りわかりやすく解説しますのでお付き合いください。
興味のない方は読み飛ばしてOK!
※ダメです

イメージ:東急線
五島慶太は1882年青木村出身の実業家で、巨大企業「東急グループ」の礎を築いた創始者です。
東急グループと言えば、長野県民は真っ先に長野市駅前にある「ながの東急百貨店」や、県内各地にある「東急ホテル」をイメージすると思います。
( ゚Д゚)(長野県では大きな企業かなー?)
とか、めっちゃすっとぼけた感想を持ちましたが、調べてみるととんでもない巨大企業でした。
東京の渋谷周辺は、五島慶太と東急グループが作ったと言っても過言ではありません。
目黒蒲田電鉄(現在の目黒線・多摩川線)を足がかりに、次々と鉄道会社やバス会社を買収・合併し、日本トップクラスの巨大な企業と大規模なネットワークを作り上げました。

109:イメージ画像
例えば、「SHIBUYA 109」や「渋谷ヒカリエ」「渋谷スクランブルスクエア」などは東急グループが開発・運営しています。
五島慶太を一言で語るならば、「信州の田舎出身の男が、東京の渋谷周辺を支配するほどの巨大な企業を作り上げたサクセスストーリー」です。

当時の長野県のイメージ
…いや、一応クレーム対策に言い訳しておきますけど、当時の長野(1800年代)は完全に田舎ですからね?
話が逸れましたが、五島慶太は実業家としてだけではなく、郷土である長野県や後進の教育貢献も深く、長野県の発展や、五島育英会の設立、五島美術館の開設にも携わっています。
そんな素晴らしい五島慶太氏ですが、経営手法は強烈&強引そのものだったそうです。

イメージ画像
敵対的な企業買収や企業の乗っ取りも辞さず、多くのライバル企業と経営戦争ともいえるべき状態になることも珍しくありませんでした。
そのあまりに強烈な経営方法から、苗字をもじって「強盗慶太」と呼ばれたそうです。
ただ、彼の名誉のために言っておきますが、彼には「ネットワークや会社は一つにしたほうが効率的だし、お客様の利便性も上がる」といった非常に合理的な考えがありました。

出典:photoAC
実際、現在の渋谷線が乗り換えなしでスムーズに移動できているのは、五島慶太氏が周辺の企業をまとめたおかげです。
もし五島慶太氏がいなかったら、ひょっとしたら今でも東京では目的地に行くまでに何度も改札を出たり入ったりしなくてはいけなかったかもしれませんね。
五島慶太未来創造館の基本情報(入館料・営業時間・定休日など)
五島慶太未来創造館の開館時間は、9:00~17:00で、毎週月曜日休みです。
ただし、月曜日が祝日だった場合は翌日休みに変わります。
冒頭でもお話した通り、入館料は3館ともに無料!
何度でも言います、無料です!
見学にかかる所要時間は、3館で30分程度だと思います。
ただ、五島慶太の熱烈なファンであるとか、義民に憧れている(?)とか、レトロなものが大好きといったいわゆる「展示品が刺さる人」であれば、もっと長い時間楽しめるでしょう。

写真撮影は、一部の展示品を除き基本的にOKです。(確認済みです)

青木村公式HP(http://www.vill.aoki.nagano.jp/)
五島慶太未来創造館やそのほかの観光スポットについては、青木村公式HPも参考にしてください。
五島慶太未来創造館へのアクセス・駐車場情報
五島慶太未来創造館があるのは、長野県小県郡(ちいさがたぐん)青木村です。
上田市から松本方面へ抜ける国道143号をひたすら進めば青木村に入るので、そのまま青木村役場が見えるまでひたすら進んでください。
青木村役場が見えたら、次の信号で「鹿教湯温泉」「沓掛温泉」「五島慶太未来創造館」と書かれた方へ左折します。

左折して、すぐに右折すれば到着です。

ほかの目印として、近くに青木村保育園や青木村総合体育館があります。

なお、五島慶太未来創造館の近くには観光の拠点や休憩スポットとして最適な「道の駅あおき」もあるのでぜひ寄っていきましょう。

別所温泉
さらに青木村の近くには秘湯「沓掛温泉」、山を一つ越えた先には有名な「別所温泉」など、温泉地がたくさんあります。
遠方の方は、沓掛温泉や別所温泉に宿を取って、ゆっくりと青木村周辺を散策してみてはいかがでしょうか。
沓掛温泉、別所温泉の宿泊の価格や空室情報については、以下の楽天トラベルのリンクよりチェックしてみてください。


五島慶太未来創造館の注意点:五島慶太氏の肖像画と源氏物語のVTRは撮影禁止!

イメージ
スタッフの方に直接確認しましたが、五島慶太未来創造館・青木村歴史文化資料館・青木村民俗資料館いずれも写真撮影可能です。
ただし、五島慶太未来創造館にある「五島慶太の肖像画」と、歴史文化資料館の入り口付近にある「源氏物語に関するVTR映像」は、著作権の関係で撮影NGとなっています。
館内を撮影する際は、うっかり映してしまわないよう注意しましょう。
五島慶太未来創造館・青木村歴史文化資料館・青木村民俗資料館を見学
それでは3館を紹介していきます。

駐車場の隣にある建物は、青木村図書館です。
間違えて入ってしまうと結構気まずいので、ご注意ください。

観光に来て図書館を利用する方はあまりいないと思いますが、ゆっくり本を読みたい方はどうぞ。
五島慶太未来創造館:鉄道模型と東急の歴史

図書館の奥に五島慶太未来創造館の入り口があります。
入口には、現在の企画展の内容も紹介されています。

入館料は無料ですが、受付があるので一言声をかけていきましょう。
館内のパンフレットや、タイミングによってはステッカーなどももらえます。

この日は、2020年に開館した五島慶太未来創造館の開館5周年記念ステッカーがもらえました。
受付の横には売店コーナーもあるんですが、小さいスペースながらなかなか攻めた商品ラインナップです。
見ても楽しいし、買っても楽しいのでぜひチェックしてください。

受付の横には五島慶太の生家の模型。
また、壁には五島慶太の歴史が展示されています。
ちなみに、五島慶太の旧姓は「小林慶太」だそうです。
結婚した際、奥様の祖母の姓である「五島家」再興のため五島家を継ぎました。

メイン展示コーナー入口です。
( ゚Д゚)(きっと資料の展示ばかりで退屈なんだろうな…)
と、失礼なことを考えながら入っていきましたが、すぐ目の前に鉄道模型が見えてちょっとワクワクしました。

メイン展示コーナー。
展示品の8割はこの展示室にあります。

目黒蒲田電鉄時代、走っていた電車の模型です。

田園都市線を再現したジオラマと、1992年頃から近年まで活躍した電車「東急2000系」のNゲージ模型。
東急2000系の模型は、左下のハンドルで実際に走らせることができます。
走らせてみました。
ハンドルを回すだけですが、自分で模型を動かせるのはやはり楽しいですね。
お子さんとかは喜ぶと思います。
ジオラマもかなり細かく造り込まれているので、ミニチュア模型が好きな人は時間かけてじっくり見ていくと面白いと思います。
「自分の家でも実際にNゲージを走らせてみたいな」と思ったら、一通りセットになったTOMIXのファーストセットがおすすめです。

昭和39年(1964年)頃の渋谷周辺を再現したジオラマですが、僕は生まれていないのでまったくピンときません。
生まれていたとしても、東京には数えるほどしか行ったことがないので結局ピンとこないと思います。
60代以降の方であれば懐かしいというか、楽しめるはず。

機芸出版社主催、第29回TMSレイアウトコンペ入選作品、2005年頃の別所温泉駅を再現した作品。

ちなみにTMSは「鉄道模型趣味」の略だそうです。
青木村歴史文化資料館:義民と俳人の里

五島慶太未来創造館の展示室を出ると、すぐに青木村歴史文化資料館に入ります。
- 義民資料室
- 栗林一石路資料室
- 企画展
青木村歴史文化資料館は、上記の3つのエリアで成り立っています。
義民資料室:百姓一揆に命をかけた人々

青木村は「義民の里」として知られています。
というのも、青木村は江戸時代にあたる天和2年(1682年)から明治2年(1869年)にかけて、5回もの大きな百姓一揆が起こりました。
- 【天和の義民増田与兵衛】天和2年(1682年)
- 【享保の義民平林新七】享保6年(1721年)
- 【宝暦義民】宝暦11年(1761年)
- 【文化の義民堀内勇吉】文化6年(1809年)
- 【明治2年騒動】明治2年(1869年)
同じ地区から何度も百姓一揆が起きるというのは、全国的に見ても極めて稀だそうです。
そのため、「夕立と騒動は青木村から来る」という言葉が語り継がれるほどでした。

もちろん一揆を起こせば首謀者をはじめ、多くの人が処刑されます。
それでも自らの命を顧みず、「無法な領主や役人を討つ」ために立ち上がった人たちを「義民(正義の民)」として語り継ぎました。
義民資料館では、そんな義民たちに関する資料を展示しています。

百姓一揆の発端は、その多くが農民の生活が苦しいにもかかわらず重い年貢を課したり、役人が過剰に年貢を取り立て横領や賄賂に利用した横暴が主な発端です。
いまも増税ばかりで苦しい時代ですが…昔の人にとって「増税(年貢量の増加)」は生活が苦しくなるどころか「餓死」に直結します。
そのため、不当な増税に対しては、自分や家族の命と生活を守るため義民たちは立ち上がりました。

ただ、例え役人や領主の無理強いや横暴が発端で、役人側が非を認めたとしても、最終的に一揆の首謀者はほぼ処刑されます。
「身はたとえ青木の野辺に朽ちぬとも留め置かまし義民魂」
※訳:たとえ処刑されて身が滅んでも、義民としての魂だけはこの地にとどまり村を見守りたい
享保6年(1721年)に、直訴を受け入れなかった役人を鎌で斬り殺した「平林新七」が処刑される直前に詠んだとされる辞世の句です。
栗林一石路資料室

栗林一石路資料室は、青木村出身のジャーナリストであり俳人の「栗林一石路(くりばやしいっせきろ)」の資料を展示しています。

すげえ名前…

栗林一石路の俳句。
達筆すぎて読めません…

栗林一石路の有名な句の一つ。
「シャツ雑草にぶっかけておく」
暑い日に農業か何か労働をやっていて、あまりの暑さにたまらず豪快にシャツを脱ぎ、雑草の上に投げ捨てた、という豪快な句です。

栗林一石路の愛用の品や仕事場を再現した様子。
企画展

青木村歴史文化資料館では、定期的に企画展示を行っています。

取材当日は「時代を映す 大正・昭和初期ポスター展」をやっていました。
この企画展も僕は知らなかったんですが、レトロ好きの僕としては嬉しい限りです。

漢字の書き方とか、右から左に読む文字とか、年代を感じます。

なんか…国債とか…債券とか…金に関するポスター多いな(笑)

真ん中のポスターには、「ムダヅカヒセズ コクサイヲ カヒマセウ(※)」と書かれています。
※訳:無駄使いせず国債を買いましょう
日本のインフラ整備、太平洋戦争の戦費調達、悪性のインフレを抑えるためなど、理由はさまざまあるかと思いますが、この時代は国債や債券購入が強く推奨されていたようです。

ちなみに国債とは、簡単に言えば「日本国にお金を貸し、利息を受け取る仕組み」のことです。

企画展スペースの奥に、HIROさんが今回楽しみにしていた昭和レトログッズが並ぶ「青木村民俗資料館」があります。
古代遺跡資料室

青木村民俗資料館に向かう途中には、村内の出土品を展示する「古代遺跡資料室」がありました。


勾玉や土器、化石、剣などが展示されています。
…
以上( ゚Д゚)!
※特に説明することがなかった
青木村民俗資料館:昭和レトロの宝庫!

さあ、いよいよ本日の(個人的な)メインイベント、青木村民俗資料館です。
元々ここに来たかったんです。

中に入ると、一気に昭和の香りが( ゚Д゚)!
ここまで実業家だの一揆だの戦争だの俳人だの…真面目な解説しかできない展示が多かったのでようやく解放された気分です。

真面目な解説も嫌いじゃないけど、書く人も読む人もあまり面白くないと思うの。(笑)
内部はこんな感じです。

マツダの三輪トラック「K360」、愛称は「ケサブロー」。
懐かしいですね!
…
いや、この時代生まれてないので知りませんけど( ー`дー´)キリッ

青木村民俗資料館に展示されているのは、1964年の東京オリンピックが開かれた頃の昭和グッズです。
僕は1980年生まれなので、年代的に言えばここにある物は実際に触ったことはありません。
それでも、いまの家電のプロトタイプのような「何に使うかなんとなくわかる」ものばかりで見てて非常に興味深いです。

昭和の暮らしを再現したコーナー。

扇風機とストーブと壁時計はギリギリおじいちゃんの家にあったような…。

あ、でも瓶のファンタと花柄の魔法瓶、炊飯器は見たことがある気がします。
ちなみに、昔懐かしい花柄炊飯器ですが、なんと現在復刻版が出ています。

写真中央にある徳利(お酒を入れる陶器製の器)、古い映画かゲームのキャラクターが使っているのしか見たことがない…(笑)
ただ、これにお酒を入れて飲んだらかっこいいですね。

あと、スキットル(ステンレス製の平べったい水筒)にウイスキーを入れて飲むのも憧れです。

ライターたるもの、タイプライターには興味津々。
…
ごめんなさい、嘘です。
1回も使ったことありません。

ライターたるもの、ワープロには興味津々。
…
いや、今度は本当です。
僕、元々子供の頃に親が持っていたワープロを勝手に拝借して文章書いてましたので…。

その頃の経験が今の仕事になるとは…(しみじみ)

昭和のおもちゃ。
竹トンボやめんこ、けん玉はともかく…ほかは見慣れない謎のキャラクターばかりです。

ライターたるもの、カメラには興味津々。
…と思いましたが、よく考えたらフィルムカメラも使ったことありません。

せいぜい写ルンですを使ったことがあるくらいです。
そう言えば、近年写ルンですも復刻していますね。
レトロな雰囲気の写真が撮れる、現像まで仕上がりが分からないという適度な不便さで若い人に人気だそうです。
ただ、昔これ1,000円くらいで買えていたと思うんですが・・・

値上がり怖い。

農機具コーナー。
…
以上( ゚Д゚)!
※まったく馴染みがなくて説明出来ない

農具コーナー。
…
以上( ゚Д゚)!
※まったく馴染みがなくて(以下略)
まとめ:五島慶太未来創造館は、無料で青木村が学べて楽しめる場所でした

なんか…
期待していた昭和レトロじゃなかった…
というか、年代が想定よりも古かった…
僕が好きなのは昭和50~60年代ですが、ここにあるのは昭和30~40年代くらい?のアイテムばかりで、懐かしさをあまり感じませんでした…
少々思っていたのとは違いましたが、五島慶太氏や青木村のことがいろいろと知れたので結果オーライ。
五島慶太氏や青木村の事、そして昭和初期~中期くらいのレトロ家電が好きな方は、ぜひ訪れてみてください。
何と言っても無料だし。
このブログでは、五島慶太未来創造館周辺以外の青木村の観光スポットもたくさん紹介していますので、以下の記事もぜひ読んでみてください。
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